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地球上で鉱物資源が供給不足、小惑星採掘の実現目指す 米新興企業
2024.05.07 13:00
マット・ガーリッチ氏(38)が以前勤めていた電動スクーター会社では、制御装置が下した命令をモーターに伝達するマイクロプロセッサーの主要部品であるプラチナ不足により、一時生産が停止に追い込まれた。これを受け、ガーリッチ氏は金属の探求に没頭するようになったという。
幼少期から宇宙が好きでエンジニアの道に進んだガーリッチ氏は、小惑星から金属を採掘する方法ついて思いを巡らせるようになった。科学者たちは、45億年前に太陽系が誕生した時の副産物であるこれら天体の破片には、地球上で不足している金属が豊富に含まれていると考えている。
ガーリッチ氏は2022年、米宇宙企業スペースXと米航空宇宙局(NASA)で約10年の経験を持つホセ・アケイン氏と共同で「アストロフォージ(AstroForge)」を設立した。カリフォルニア州に本拠を置くこのスタートアップ企業は今、小惑星の採掘を現実のものにしようとしている。
同社だけではない。クリーンエネルギーへの移行により、鉱物資源の需要は急増すると予想されており、これまで未開拓だった海底や宇宙などから資源を採掘することへの関心が高まっている。世界中の企業が、小惑星採掘の技術をテストするために数千万ドルを調達している。
このアイデアを巡っては、法外な費用がかかり、現実離れした空想だと言う人もいる。だがガーリッチ氏は、宇宙に行って資源を確保することは達成が非常に困難だとしながらも、「我々はついにそれを実現できる転換点に来た」と主張している。
前人未踏の野心的なアイデア?
自社の計画が野心的であることはガーリッチ氏も認めており、「たくさんの失敗をすることになるだろう」と述べている。
アストロフォージの試みは、手短に言えば、小惑星から鉱物を採掘する小さな製錬機を宇宙に送り込み、貴金属部分のみを地球に持ち帰るというものだ。同社が対象としているのは、M型小惑星に含まれる白金族元素(PGM)で、これらは宝飾品から車の排ガスをろ過する触媒コンバーター、抗がん剤に至るまで、あらゆるものに使用されている。
プラチナやイリジウムなどのPGMは、次世代クリーンエネルギー技術にとっても重要な原料だ。例えば、グリーン水素の製造はこれらの需要を大きく伸ばすと予想されている。だが、地上の供給は限られており、地理的にも集中している。
昨年4月、同社は最初のミッションを打ち上げ、パン2斤ほどの大きさの製錬機を備えた小型衛星「Brokkr―1」を宇宙に送り込んだ。小惑星のような物質があらかじめ搭載されており、これを軌道上で気化させて元素成分に分類する。
計画通りには進まず、製錬のデモンストレーションはまだ行われていない。だが、ベンダーから調達した機器がどのように機能するのか、機械が爆発に耐えられるか、宇宙から信号を送り返すことができるかなど、同社は多くのことを学んだという。
ガーリッチ氏によれば、アストロフォージが特許を取得している製錬装置は、すでに地上にて宇宙と同じような条件下でテストが行われた。宇宙でM型小惑星からPGMを採掘できる製錬機を持つ企業はアストロフォージだけだと同氏は言い添えた。
アストロフォージの宇宙船は今年、米宇宙開発企業インテュイティブ・マシーンズの月探査ミッションに同乗する。宇宙船は独自の推進システムを使用して、金属が多く含まれるとみられる小惑星のそばを飛行し、その組成を調べて写真を撮影する計画だ。ガーリッチ氏はどの小惑星を対象にしているかについては明らかにしなかった。同社によれば、このミッションが成功すれば、アストロフォージは深宇宙に進出した初の民間企業になるという。また、М型小惑星の高解像度画像を提供する初の企業になる可能性もある。
「ハイリスク、ハイリターン」
小惑星への関心は急速に高まっており、専門家らは小惑星の採掘が行われるのは時間の問題かもしれないと述べている。
セントラルフロリダ大学の月・小惑星表面科学センター所長、ダン・ブリット氏は「人類がこんなことをするのはまったく馬鹿げたことなのかと問うこともできる。その答えは、まだ少し早いかもしれないが、完全に馬鹿げているわけではない」
日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)やNASAなどはすでに小惑星のサンプルを地球に持ち帰っており、それが可能であることを少なくともある程度は証明している。
中国は25年に地球近傍の小惑星からサンプルを収集するミッションを開始する予定で、アラブ首長国連邦(UAE)は28年に小惑星帯を探査する計画を示している。
NASAは、火星と木星の間の太陽を周回している小惑星「プシケ」に向かう探査機を打ち上げたが、到着は29年の予定だ。ある試算によると、幅およそ225キロのプシケには金属が豊富に含まれており、鉄は1000京ドル(京は兆の1万倍、日本円で約15垓円)の価値があるとされている。これは世界経済全体の価値を上回る。
科学界には、民間企業が小惑星採掘を行う金銭的な余裕があるかどうかに懐疑的な人もいる。小惑星のサンプルを収集して地球に持ち帰るという、米国初の小惑星探査ミッション「オシリス・レックス」では、打ち上げ費用を除いて数億ドルの費用がかかった。昨年ユタ州の砂漠に着陸したわずか122グラムのサンプルは、これまでに収集された小惑星のサンプルとしては最大規模のものだ。
小惑星採掘の実現可能性に関して、ガーリッチ氏は「物理学的に問題なのではなく、金銭的に実行できるかどうかが問題だ」と話す。
これまでにも挑戦して失敗している企業はある。例えば、プラネタリー・リソーシズは、映画「タイタニック」のジェームズ・キャメロン監督やグーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏などの著名投資家の支援を受けて12年に設立された。だが資金難に直面し、ブロックチェーン企業に買収された後、20年までオンラインで会社の備品の投げ売りが行われていた。
多くの変化もあった。スペースXのような民間企業は、宇宙旅行の費用を劇的に削減した。ガーリッチ氏は、今日では太陽系の130万個の小惑星についてより多くのことが分かっているため、アストロフォージのような企業は小惑星を探すために資源を浪費する必要がなく、同社は相乗りして目的地に到達できるアルゴリズムの開発に投資していると説明した。
「輸送費の削減は、地球外経済を発展させる鍵だ」とブリット氏は言う。同氏は、太陽系の端に円盤状に分布するカイパーベルト天体のフライバイ(接近通過)探査を含むNASAの四つのミッションに貢献。小惑星研究への貢献にちなんで、ブリット氏自身の名前を冠した小惑星も存在する。
これらの変化が、新たな関心の波を引き起こしている。ロサンゼルスに本社を置くトランスアストラや中国に拠点を置くオリジンスペースなどの宇宙開発企業も、宇宙での資源採掘を可能にする技術開発に取り組んでいる。
アストロフォージはこれまでに1300万ドルのシード資金を調達した。2回目のミッションの費用は1000万ドル以下になるが、これは同社が一つの事業にほぼ全ての資金を投じることを意味し、「はっきり言って、ハイリスク、ハイリターンのベンチャーだ」とガーリッチ氏は述べている。
同氏には、計画されたミッションが成功しなかった場合の代替案はない。「私は従来案に注力し、それを実現しようとしているだけだ」
天からの供給
すべてがうまくいけば、同社は最終的に1回のミッションで約1000キログラムのPGMを持ち帰ることを目標としており、その価値は、金属とその時の価格にもよるが約7000万ドルになるとされている。ガーリッチ氏は、20年代末までにPGMを持ち帰ることができるとしている。
同社が対象とするのは比較的小さな小惑星であるため、克服すべき重力が少なく、したがって燃焼する燃料も少なくなるという。
「たとえ我々が成功せず、企業として失敗したとしても、少しでも前進させて、より少ない資本でより多くの科学活動を行うことができることを実証したい」とガーリッチ氏は言う。
ブリット氏によれば、小惑星の採掘は「いずれは実現する」可能性が高く、市場の技術は進んでいるという。だが、投資家が多額の資本を投入する前に、技術はさらに進歩する必要があると指摘した。
「それはアストロフォージのようなスタートアップ企業が行っていることの一つで、新しいテクノロジーとエンジニアリングを生み出すことだ」(ブリット氏)
アストロフォージの試みが、宇宙から鉱物を採掘しようとする幅広い動きに永続的な影響を与えるかどうかを知るには、まだ何年もかかるかもしれない。だがガーリッチ氏はこう述べている。「少なくとも、我々はそれに挑んだ宇宙企業として知られることを願っている」
(この記事はCNN.co.jpからの転載です)