インタビュー

小型衛星の大量打ち上げ時代に「水エンジン」で応える–Pale Blue浅川 純氏インタビュー

2024.02.21 09:00

藤井 涼(編集部)田中好伸(編集部)藤川理絵

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 水を推進剤にして宇宙空間の人工衛星を動かす「水推進機(水エンジン)」を開発する宇宙スタートアップが、いま世界各国から注目を集めている。東京大学発のPale Blueだ。

 同社の代表取締役である浅川 純氏ら4名が、7年以上にわたる推進機の基礎研究や、衛星に搭載する実機開発などを経て、2020年4月に創業。2023年3月には、ソニーの超小型衛星「EYE」に同社の推進機が搭載され、宇宙空間で初の噴射に成功した。

Pale Blue代表取締役の浅川 純氏

 「2024年は『新製品の研究開発』と『量産の技術開発』の2軸で事業を加速させる」と話す浅川氏に、水エンジンの特徴や最新の動きなどを聞いた。

小型衛星「大量打ち上げ」の時代に応える

 人工衛星は、ロケットで打ち上げられて切り離されたあと、内部に搭載された推進機(エンジン)を用いて、宇宙空間を自力で動かなければならない。ミッション開始位置まで、速やかに動くべきケースもあれば、サービス提供中の軌道修正を目的として、ゆっくりと動くケースもある。昨今では、スペースデブリとの衝突回避や、ミッション終了後の大気圏への落下など、瞬間的な推進力が求められるケースも増えている。

 Pale Blueの水エンジンは、まさにその動力源となる。すでに同社は、3Uキューブサットから700kgの衛星まで、さまざまな人工衛星のミッションに適した、豊富なバリエーションの水エンジンを開発しているという。ただし、主なターゲットは「小型衛星」だ。浅川氏は「小型衛星が盛り上がってきたことを受けて、小型衛星に搭載できる推進機の開発を始めた」と、大学時代を振り返る。

 「当時、小型衛星に搭載可能なものは完成したが、2つの壁にぶつかった。1つは、これ以上小さくできないこと。もう1つは、安全審査対応が開発以上に大変なこと。今後本当に小型衛星を大量に打ち上げるには、さらに安全で小型化しやすい推進機が必要になる。そこで水に着目し、指導教員だった小泉先生(共同創業者 兼 取締役の小泉宏之氏)の小型推進機の研究を引き継ぐ形で、2016年頃から水推進機の開発に取り組んできた」(浅川氏)

 ちなみに浅川氏は、もともと宇宙好きで大学進学したものの、成績順で希望した人工衛星分野には進めず、最終的には“じゃんけん”で同研究室に縁を持ったというから、人生は何が起きるか分からない。

なぜ「水」に着目?

 そもそも、なぜ水に着目したのか。浅川氏によると、これまで多くの人工衛星に搭載されていた推進機は、有毒なものか高圧のもの、いずれかを推進剤に用いていたという。しかし、有毒なものは、専用の設備や装備が必要で、取り扱いコストも高い。また高圧なものも、安全審査や安全基準を突破するための対応が煩雑で、実は開発以上に手間を取られる。

 さらに、これらはそもそも小型化が難しいという課題があった。また、希少性の高いガスだと単価が高く、地政学上の入手性も不透明で、大量打ち上げ時代には、すぐエネルギー資源が枯渇するリスクがあると説明する。

水を推進剤にするメリット(同社のウェブサイトより)

 「安全性、入手性、その両者にともなうコスト、この3つの要件を、従来の推進剤では満たすのが難しい。水を利用すれば、従来よりも劣るものの、小型衛星に求められる性能は十分に発揮できる。かつ安全で、審査もだいぶ楽になる。すべての衛星に水推進機を搭載するのではなく、用途により棲み分けることで活用を進めていきたい」(浅川氏)

機種ごとの違いは「推進力と燃費」

 たとえば、水イオンスラスタ「PBI」は、中央の大きめの噴射口からプラズマが噴射されて、推力を生み出す。後述の水レジストジェットスラスタと比較して推力は小さいが非常に燃費が良い推進機となっている。

水イオンスラスタ「PBI」
500mlペットボトルと並べたところ

 ボックス内部には、推進機(エンジン)として必要な電子回路基盤、通信機器などがすべて格納されており、衛星本体とコネクタ経由で接続するだけで、遠隔からの噴射指令や、内部機器のモニタリング、電力供給もできる仕様だ。

側面と背面

 水レジストジェットスラスタ(PBR)は、燃費はあまり良くないものの推力が大きい推進機である。同社が開発した最小サイズの水レジストジェットスラスタ「PBR-10」の初期モデルも見せてもらった。衛星の端にも搭載できるように、推進機本体ができるだけスリムになるよう、設計したという。現在は、改良が加えられ、さらに洗練されたデザインで提供中だ。

「PBR-10」の初期モデル
改良された「PBR-10」最新モデル

 重量10kg程度の小型衛星にも搭載することができ、ソニーが打ち上げた超小型衛星「EYE」にも水レジストジェットスラスタが搭載されているという。水の残量は、常にモニタリングできるとのこと。なお、同社の水推進機はどの製品も、一般的な衛星の寿命といわれる3〜5年程度の稼働を見込めるという。

短期的には地球低軌道でのビジネス拡大を図る

 「直近で水推進機のニーズが一番大きいのは地球低軌道」と浅川氏は話す。特に、SpaceXの衛星通信「Starlink」をはじめとする衛星コンステレーションは、ビジネス拡大の大きなチャンスと見ている。

 「SpaceXは自社で推進機も手がけているので、ハードルは高いが、そこに入れる可能性もゼロではない。SpaceX以外にも、いろいろなコンステプレイヤーがいて、打ち上げ回数も増えてきているので、コンステは間違いなくわれわれが狙っていきたい分野のひとつ」(浅川氏)

 数十機、数百機の人工衛星が打ち上がり、1台の衛星に複数の推進機を束ねて搭載することも想定され、実際にコンステレーション事業者を含め、海外からの問合せも右肩上がりだという。また、顧客から重要視されるのは、性能だけではないという。「創業してから気がついたことだが、お客さんが特に大事にされていることの1つは生産能力。本当にキャパシティがあるかどうかを、すごく重要視されている」(浅川氏)

 同社は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(略称、NEDO)の「ディープテック・スタートアップ支援基金/ディープテック・スタートアップ支援事業」のDMPフェーズに採択をされ、水を推進剤とする人工衛星用推進機の量産技術の確立に乗り出す。事業期間は2023年度〜2026年度、助成金額は25億円以内、助成率は3分の2となっている。

 また、新たなニーズへの対応も急ぐ。「たとえば、スペースデブリとの衝突回避や、重量500kg程度という、これまでよりやや大きめの人工衛星への搭載、こういったニーズが増えてきている」(浅川氏)

 同社は、令和4年度補正予算「中小企業イノベーション創出推進事業(文部科学省分)SBIRフェーズ3」に採択された。現在は、人工衛星の軌道離脱および衝突回避のための超小型水イオンスラスタ、水ホールスラスタの開発・実証を行っている。フェーズ1の事業期間は、2025年9月末予定で、交付額上限は約13億円となっている。

宇宙産業のコアとなる「モビリティの創成」

 競合は海外勢だ。すでに複数台の推進機を宇宙で実証している企業として、オーストリアのエンパルション、フランスのスラストミー、アメリカのビューゼック、アストラなどを挙げる。まずは、さらなる実績作りに注力するという。「超小型衛星EYEでの実証は成功したが、まだまだ宇宙空間での実績は、業界としてもそう多くない。もっと事例を積み重ねていきたい」(浅川氏)

 今後の打ち上げ予定としては、JAXAの「革新的衛星技術実証4号機」への搭載が決定している。2023年12月に決定された最新の「宇宙基本工程表」によると、2025年度中に打ち上げられる予定だという。

 また同社は、「人類の可能性を拡げ続ける」というミッションを実現するため、「宇宙産業のコアとなるモビリティの創成」をビジョンとして掲げており、地球低軌道の次は、中長期的に月や火星も視野に入れているという。

 「地球上でも、経済圏が発達するところには、車、電車、飛行機といったモビリティのインフラが整っている。今後、同じように宇宙で経済圏を作っていくためには、何かしらのモビリティのインフラが必要だ。われわれは、宇宙産業のコアとなるモビリティのインフラの創生を、水推進機の技術を軸に実現していきたい」(浅川氏)

 

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