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ケスラーシンドロームを防げ!–深刻化するデブリ問題の解決策として期待される「レーザーアブレーション」の勘所
宇宙ゴミ(スペースデブリ)は、各国政府が進める宇宙開発はもちろん、世界中の企業が進める宇宙でのビジネスにも大きな課題になっている。
「宇宙空間を使った経済的な事業を達成するには、宇宙のゴミをどのようにキレイにするのかが重要」――。
コンピューターネットワークの新技術や製品の展示会である「Interop Tokyo」は2023年で30年を迎えた。6月14~16日に開催された「Interop Tokyo 2023」では、30回目を記念した特別企画として「Internet × Space Summit」が開催された。
その中で、理化学研究所 光量子工学研究センター 光量子制御技術開発チーム チームリーダー 和田智之氏は「宇宙通信事業にむけた安全安心な宇宙空間の確保に向けて」と題された講演に登壇。同氏が進めるデブリの対応策などを解説した。
回転するデブリをどうするか?
和田氏が所属する光量子工学研究センターでは、国際宇宙ステーション(ISS)にレーザー(光増幅発振装置)や望遠鏡を積んで地表の情報を多角的に取得する一方で、宇宙から降り注ぐエネルギー粒子を観測する装置の開発にも取り組んできている。
2015年には、ISSから観測したデブリをレーザーで除去するアイデアも生み出している。だが、デブリを直接破壊できる出力のレーザーを打ち上げることは、まだできていない。
「宇宙開発が進んでいますが、まだまだ人間が実現できる技術範囲は限られます」(和田氏)
デブリに詳しい方なら、デブリ同士や人工衛星が衝突して、新たなデブリが生じる「ケスラーシンドローム」というキーワードを知っているだろう。デブリが連鎖的に衝突を起こすことでデブリが次々に増殖してしまうというデブリの危険性を象徴的に表現している。
和田氏によれば、2000年以降はデブリが急増しているという。その理由は「宇宙空間で衛星実験を行う国が、実験後に装置を秘匿したいとの理由からロケットで破壊します。すると、今まで安定していた衛星がデブリにさらされます。打ち上げロケットの2段目が軌道に残ること(からデブリ急増の一因になること)も少なくありません」(和田氏)
昨今は地球低軌道(LEO)での衛星コンステレーションによる通信インフラが商業化しつつあり、その衛星の数の多さから「メガコンステレーション」と言われるようになっている。
和田氏は「米国は2度刻みに衛星を並べるそうですが、その数は数万機に達します。デブリが衝突して起動を失い、隣の衛星を破壊することも起きるでしょう」と警鐘を鳴らしている。
これらの状況を踏まえ上で、和田氏は欧米や日本が参画する、物理的に摘除する方法を紹介。「ロボットアームを使ってデブリを掴み、スラスタで制御。もしくは杭の類を打ち込むか、網で囲って輸送します」(和田氏)
デブリの表面にレーザー光を照射する「レーザーアブレーション」技術でデブリの加速を抑制する方法、廃棄対象の衛星にレーザーを照射して速度を落とす(高度を下げる)イオンスラスタに類する方法も紹介した。
レーザーアブレーションは、レーザーを物質に照射すると、物質がプラズマ化や気化することで物質が表面から放出される現象だ(レーザーアブレーションを活用したデブリ対策についてはスカパーJSATに所属する福島忠徳氏と共同で研究している)。
だが、廃棄する衛星が高速回転していると対応は難しくなる。
和田氏は「高速に回転しているデブリを掴むと自分も一緒に回転して制御できなくなります。なので、我々は単純に(デブリを)落とすだけではなく、回転を止めなければと考えました」と解説。地上でも非接触加工などに用いるレーザーアブレーションの力積でデブリを減速させ、軌道を制御する取り組みを披露した。
ただし、前述の通り、宇宙に持ち込めるレーザーには限界がある。そこで、和田氏をはじめとする光量子工学研究センターは「レーザーを用いて物理的に接触することなく、デブリの軌道を変更させるために将来必要となる新しい要素技術の開発研究を実施する」を研究テーマに掲げ、ソーラーパネルと照射システム、レーザーアブレーションを最適化するシステム開発に取り組んでいる。
現在はナノ秒パルスレーザーで得られるカップリングファクターの20マイクロNs/Jを利用したデモ衛星を開発中。2028年までの打ち上げを予定している。