インタビュー
宇宙ビジネスに本格参入した「日本郵船」の挑戦–船上からロケット打ち上げと回収を目指す
国内海運最大手の日本郵船が宇宙ビジネスに本格参入した。新たに先端事業・宇宙事業開発チームを発足し、2023年度から4カ年のグループ中期経営計画にも、新規事業の1つとして宇宙関連事業への挑戦が明記されている。すでに宇宙航空研究開発機構(JAXA)の開発プログラムや、デロイト トーマツの宇宙アクセラレーションプログラムを通じたオープンイノベーションにも取り組んでいる。
海運の雄がなぜ宇宙を目指すのか。事業の立ち上げメンバーである日本郵船 イノベーション推進グループ 先端事業・宇宙事業開発チーム 課長代理の寿賀大輔氏と、MTI 船舶物流技術グループ 船舶システムチーム チーム長の山口真氏に、日本郵船が目指す宇宙ビジネスの取り組み内容や、新規事業への思いを聞いた。
日本郵船グループ全体で「宇宙」に取り組む体制を構築
日本郵船はタンカーやコンテナ船、ばら積み船、自動車専用船などの貨物船から客船まで現在811隻の船舶を保有運航し、海運を起点とした総合物流事業を世界で展開している。その同社の事業フィールドに、2023年度から正式に宇宙が加わることになった。
現状、先端事業・宇宙事業開発チームにおいて、宇宙専任の肩書を保有するのは寿賀氏のみだが、立ち上げメンバーの山口氏と、現在シンガポールに駐在する今井豪氏、さらに海洋事業グループの中川大輔氏がコアメンバーとして参加する。このほか、グループ子会社の郵船ロジスティクスなどとも連携し、宇宙産業にグループ全体で取り組む体制になっているという。
たとえば、山口氏が出向するMTIは日本郵船グループで技術の研究および開発を担当する子関連会社で、山口氏自身も技術職の社員だが、「そこに宇宙領域の研究開発を差し込み、オフィシャルな業務として宇宙領域の研究ができる体制を構築している」(山口氏)という。
洋上でのロケット打ち上げと回収、衛星データの活用を視野に
同社では、(1)洋上からの再使用型ロケット打ち上げ、(2)打ち上げたロケットの洋上回収、(3)衛星データの活用、の3領域で宇宙ビジネスを展開する予定だ。
まず、洋上打ち上げは、海に浮かべた船舶の上からロケットを発射するというアイデアである。現状では中国の企業などが成功させている段階で、その他に世界で数社が事業立ち上げに向けて取り組みを進めているという。
昨今ではロケットベンチャーも登場し、小型衛星打ち上げの需要が高まっているが、衛星を宇宙に運ぶためにはコストがかかるうえ、多くの制約がある。打ち上げ場所の問題に加えて、日本国内からロケットを打ち上げる場合は漁業組合との交渉が発生する。また、グローバルでも、人工衛星メーカーは自分たちが打ち上げたいタイミングや方向で、打ち上げることができていない状況だという。
そのような中で、「安全制約や漁業問題など様々な制約を取り払って、好きな時に好きな方向にペイロード(お金を払って乗せてもらう荷物や人工衛星など)を打ち上げられることが、洋上から打ち上げる際の強みになる」と、山口氏はビジネスモデルの優位性を説明する。
同社は今後、既存の船の再使用または新たな設計によって、打ち上げ用の専用船を建造していく予定だという。「まずは数年後をめどに小さなロケットの打ち上げから始めたいと考えている。その際に、洋上からの打ち上げに興味を持つロケットメーカーに対して、国内外を問わず裾野を広げてアプローチしていきたい」(寿賀氏)
JAXAの研究開発やデロイトのアクセラプログラムで共創
再使用型ロケットの洋上回収は、現在JAXAの「革新的将来宇宙輸送システム研究開発プログラム」において、三菱重工業(MHI)との共同研究によって取り組みを進めている。
MHIから今後開発予定の再使用型ロケットを洋上で回収するための共同研究に挑戦しようと声が掛かり、2022年4〜9月にかけて同プログラムにて「洋上回収技術研究」の共同研究を実施した。JAXAのプログラムは「チャレンジ型」「アイデア型」「課題解決型」という3段構えで実用化に進む仕組みになっており、現在はアイデア型に昇格して2023年度も引き続き研究を続けているという。
「次世代ロケットは2030年以降に建造の予定で、今は基礎研究段階。そこにわれわれも最初から参加している。JAXAとMHIは宇宙のスペシャリストだが、海洋分野に関しては知見が足りないと聞いている。そこにわれわれが入り、技術開発に加えて船乗りの航海術の知見も使って、しっかりサポートしていく」(寿賀氏)
衛星データの活用については、デロイトが実施している宇宙アクセラレーションプログラム「Deloitte GRAVITY Challenge JP」に参加し、共創型で取り組みを進めていく。同プログラムは、社会課題の解決を目指す大企業・政府機関と技術・ソリューションを有するスタートアップ・大学・研究機関などとの協業機会を創出し、宇宙産業分野の新たなサービスを開発するために実施されるもので、日本郵船は「衛星データなどを活用した運航船舶の最適航路設計と安全運航航路設計ソリューション」と「衛星データなどを活用した、船舶運航時の排ガス量を精緻に計測するソリューション」という2つの課題を提案。すでにパートナーも選定し、今後取り組みを開始する計画となっている。
「取り組み自体も大事だが、この取り組みを通じて衛星データを日本郵船としてどのように事業につなげていくかを考えていく。また、われわれは800隻超の船舶を運航しているので、ユーザーとしての存在感も出すことができる。そこも活用し、足元の事業の効率化や安全の強化の観点からもデータを利用することを考えている」(寿賀氏)
宇宙事業の発端は社内の新規事業創出プログラム
ところで、なぜ日本郵船が宇宙事業に参入することになったのか。その発端となったのは、同社が中堅社員向けに展開する研修プログラム「NYKデジタルアカデミー」だという。同プログラムは、中堅社員が3〜4人ずつチームを組んで新たな事業づくりにチャレンジする約半年間のプログラムで、当時は上海に赴任していた寿賀氏と、シンガポールに赴任していた山口氏、今井氏の海外組3人で、2020年12月にチームを結成した。
事業アイデアを検討するにあたって、3人の共通の興味分野である“宇宙”がテーマとして浮上し、宇宙と船を組み合わせて検討した結果、洋上の船舶からロケットを打ち上げるというアイデアが生まれたという。最終的に社長をはじめとする経営幹部の前で事業計画をプレゼンし、その内容が認められて2021年4月から社内での取り組みを開始した、という流れだ。
2023年度からの正式事業化の前に、準備段階でロケットメーカーや衛星メーカー、JAXAなどの宇宙関係者や、ルール面の整備のために弁護士事務所や保険会社、関連省庁に話を聞きながらビジネスモデルを検討していったが、ブレイクスルーポイントになったのが、先述のJAXAのプログラムへの参加だったと寿賀氏は振り返る。
「それまではメインの仕事との兼業という形で、洋上からのロケット打ち上げ事業の立ち上げに向けて活動していたところ、先述のJAXA/MHIとの共同研究が大手新聞社にも掲載されて社内で広く知られることとなり、本格的な事業として認められるようになった」(寿賀氏)
将来の自社産業との「親和性」を明らかにすることが大切
また、新規事業の立ち上げに際して、数字や根拠が求められがちな大企業の中で、宇宙事業を立ち上げることができた要因の1つが、本業とのつながりを示せたことだという。
日本郵船の宇宙事業は、いずれも宇宙にモノを運ぶためのインフラ整備を中心とした地上でのビジネスで、海運ビジネスの延長線上にあるものだ。現在多くの企業が宇宙産業に挑戦しようとしているが、会社からの理解と支援を得るためには、自分たちのアセットを使えること、本業と深く関わりがあることを示すのが大切だと山口氏は語る。
「もともと、われわれの宇宙事業は船起点でスタートしている。たとえば、船からロケットを打ち上げて着陸させるためには、安全面から船を無人にする必要があるが、その時には単に浮かばせておくのではなく自律して動かせるようにしなければならない。この自律運航技術は、船舶業界で今まさに求められている研究中の技術領域と合致している。新規事業を成功させるためにはトップのコミットメントが必須だが、上層部が納得してくれたのもその部分。将来の自社の産業との親和性があるかということを理解してもらうことが重要だと思っている」(山口氏)
さらにもうひとつ、宇宙事業を推進するに際して欠かせないのが、グローバルビジネスという視点だ。今回のケースでは、立ち上げメンバーの海外滞在経験が長かったため、日本の事業環境を外から俯瞰して見ることができたという。その中で山口氏は、実際に国内での事業が置かれている環境は、宇宙も海事領域も似ていると話す。
「国内のインフラを担うことは第一義に考えているが、われわれのような企業が海外で事業を拡げ、そこで鍛えられて培ったものを日本に持ち帰って循環させることで、日本の産業を技術的にもビジネス的にも進化させられるのではないか。まず日本でしっかりと研究開発を含めた取り組みを進めた上で、それをグローバルでも展開し、また日本に持ち帰って国内の宇宙開発技術を高めていく。そのようなサイクルを作りたい」(山口氏)
日本郵船の宇宙事業は社内の新規事業創出プログラムから始まったが、将来的には宇宙のどの領域においても、日本郵船グループの名前があるという状態を目指したいと寿賀氏は展望を語る。
「まずは洋上向けの技術開発をしっかり進めながら、足元で自社のアセットを生かしつつ短いスパンでできる衛星データ利活用を進めていく。すでに郵船ロジスティクスは衛星そのものの輸送を行い、宇宙関連のビジネスを手がけている。最終的に宇宙産業の上流から下流まで、プラットフォームの提供や衛星データの利活用もそうだが、宇宙産業のサプライチェーンの中にも物流企業としてしっかり入っていきたい」(寿賀氏)